ゴー宣DOJO

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切通理作
2012.11.7 09:05

大ウソだからこそ語れる真実


  普段現実の問題を直接議論することに慣れているゴー宣道場の皆さんには、次回
11日(日)のテーマ「サブカルヒーローの本質に迫る」は縁遠いものに感じられるかもしれません。

 

 しかし師範である笹幸恵さんのブログで、「命」を賭ける「使命感」からヒーローというものを考えられるという提言を読み、あと4日に迫った道場を前にまた私は刺激を受けました。

 

ヒーローというものを考える時、究極の選択を自分のものとして考えられるという醍醐味があります。

 

 もし自分が大きなものを救うために自分の命を投げ出さなければならなくなったら、どうするのかという問題は、特攻隊が過去の物となった現在、それをわが身に置き換えて考えられるシチュエイションでもあります。

 

 もちろん、他の立場に自分を置きかえる機会にもなります。

 もし自分が多くの人命を左右する立場になってしまったら、それを引き受けられるのか?

 もし自分が国も故郷も失ったら、生きていけるのか?

 

 僕の好きなSF映画に『日本沈没』(73)があります。子どもの時からこの作品を何度か見ているのですが、大人になってから僕はこの映画を見返して、色んな事を考えさせられました。

 

 日本が沈没することが予測され、各国がどのぐらいの日本人を受け入れてくれるかの打診が始まるのですが、ある国の首脳部が言います。一定以上の人間を受け入れたら、内部に独立国家を作るおそれがあるから危険だと。

 

 これって、日本の保守言論人がよく口にする論理ですよね。日本人としての自分は、国土の内側に抱える外国人に対して、ある意味平然とこのような思いを抱きます。そしてそれは、必ずしも間違いではあるかどうかの議論も必要でしょう。

 

 裏を返せば、いい悪いではなく、もし日本が沈没したら、我々日本人は、生涯こういう目で見られながら生き続けていかなければならないということになります。

 

 それをこの映画を通じて、はじめて我がことのように思えたのです。

 

 劇中、丹波哲郎演じる日本国首相は、箱根に隠遁するフィクサーのような老人と会見するのですが、老人は既に社会学者や宗教学者などに依頼し、日本が沈没した場合のビジョンを報告させていました。

 老人はその書類を首相に手渡し、同時に言います。

 「識者はそれぞれ具体的な提案をしているが、ある共通した意見を持っていた」と。

 その共通した意見とは、究極的には「何もしない方がましだ」ということでした。

 

 つまり日本が沈没するということを、特に公表もせず、知らん顔をし、特に目立った対策も取らないと。

 

 「むろんこれは付帯意見であり、意に介する必要はないが、一応伝えておく必要があると思ったのでな」と箱根の老人は言います。

 

 この時、丹波哲郎はセリフとしては何も言いませんが、目を真っ赤にしています。

 

 子どもの時この映画を見た時には「丹波哲郎が大物を演じる時はいつも大仰だな」と思っていただけでしたが、大人になってからこのシーンを見て、僕はのけぞりました。

 

 丹波哲郎は、沈没するという運命を背負った国の首相に自らをなぞらえて、完全にその人になって目を真っ赤にしている!。

 

 「すげーな役者の仕事って!」と思ったのです。 

 

普段生活していて、どこの誰がこのようなシチュエーションを自分に当てはめて考えられるでしょう。

 

後日丹波首相は箱根の老人と再会見し、こう述べます。

「なにもしない方がいいという意見を教えてくださってありがとうございます。この考え方があるということを私は一度通ったからこそ、一人でも多くの日本人を逃がすという決意を固めました」と。

 

そして映画の後半では日本人の救出プロジェクトが描かれていくことになるのですが、この映画が普通のスペクタクル映画と違うのは、最後の最後まで頑張り抜く人々の活動でクライマックスを迎える……のではなく、そうした救出活動自体の終焉も描かれることです。

 

日本が本当にもう沈むばかりとなった時、公的な活動はすべて本土から撤収せざるをえません。残るのは、意識してここに留まって、死を選ぶ人間だけです。

日本沈没を最初に予言した初老の科学者は、その道を選びます。

 

 そしてこうなる以前に、とっくに日本を捨てて海外にいち早く逃げていった人間もいることが描かれます。

 彼らは卑怯者でしょうか。

 

 否、日本本土がなくなってしまったら、日本人の遺伝子を継ぐのは、彼ら外に出ていった人間たちではないかという考えもあり得ます。

 

 このように、大ウソの世界の中で、色んな立場の事に対して想像力が持てるのが、フィクションの世界の醍醐味ではないでしょうか。

 

 40年前に作られた日本沈没の大ウソが、意外に今の日本にも当てはまっていることに気付かないでしょうか。

 

 むろんこの映画をいま作るとしたら、当時はまだ稼働していなかった原発というものも考えに入れなければなりません。

 

 次回道場では、そんな想像力の実験を、皆さんとしていきたいと思います。

 当日会場に来れない人は、ニコ生中継でぜひ参加してください!

  第31回ゴー宣道場「サブカル・ヒーローの本質に迫る」

平成24年11月11日(日)午後1時 からです!

切通理作

昭和39年、東京都生まれ。和光大学卒業。文化批評、エッセイを主に手がける。
『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。著書に『サンタ服を着た女の子ーときめきクリスマス論』(白水社)、『失恋論』(角川学芸出版)、『山田洋次の<世界>』(ちくま新著)、『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)、『特撮黙示録』(太田出版)、『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社)、『本多猪四郎 無冠の巨匠』『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)など。

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